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 知床白書    Shiretoko White Paper

IV 知床世界自然遺産地域の生態系と生物多様性の現況と評価

2. 河川生態系

2.河川生態系

 遺産地域の河川では、サケ科魚類が高い密度で生息している。代表的なサケ科魚類としては、カラフトマス、シロザケ、サクラマス、オショロコマで、ヒグマやシマフクロウ、オオワシ、オジロワシなどの食物連鎖の頂点に位置する大型哺乳類、猛禽類の重要な餌資源にもなっており、海起源の物質を陸上生態系へ運び、その生産力と生物多様性を高めている。一方、北海道への来遊状況によると、2012年はカラフトマスにとって顕著な不良年で、シロザケについては昨年と同程度であった。
 科学委員会河川工作物ワーキンググループで改良が適当と判断された5河川13基のダムのうち、最後に残った羅臼川の砂防ダム改良工事も2012年度に終了した。現在、これらのダムでサケ科魚類の遡上数及び産卵床数のモニタリング調査に入っている。ダム改良による遡上個体の上昇傾向は続いており、総じて、多くのサケ科魚類がダム設置区間上流域で自然産卵するようになっており、ダム改良による遡上効果は、モニタリング結果から明瞭に示されている。
 たとえば、ルシャ川において2012年9月と10月にそれぞれ1回ずつ実施されたカラフトマス産卵床調査では、9月調査での第三ダムより上流部に形成された産卵床数の割合は全体の83%、10月調査では全体の67%と非常に高い値を示しており、確実にダム上流域に遡上し産卵していることが明らかになった。また、ルシャ川のカラフトマス産卵床密度は、最も高い場所でも0.06 (N/m2)で、それほど高い値とは言えないが、対照となるテッパンベツ川でもほぼ同様な値が示されており、ダムによる影響とは言えない。ただ、ダム設置区間における産卵床は限られており、現状では遡上(移動)には成功しているが、産卵環境を復元するには至っていない。特に、ルシャ川においては、扇状地面にダムが設置されており、扇状地特有の地下水流動である地中間隙流(hyporheic flow)が遮断されている可能性は高い。
 イワウベツ川でも遡上効果ははっきりと表れている。サケ科魚類遡上数は、下流のふ化場での捕獲状況に左右されるため、経年比較は難しいが、赤イ川の最上流にあるNo.13鋼製堰堤の上流側に遡上したカラフトマスについては、2010年度調査では親魚0尾(産卵床0)であったのに対して、改良後となる2011年(いわゆるカラフトマスの豊漁年)では親魚207尾(産卵床67)、2012年(いわゆる不漁年)では5尾(産卵床23)が確認されている。また、シロザケについては、改良前は確認数0であったのに対して、改良後、2011年では親魚78尾(産卵床21)、2012年では22尾(産卵床10)が確認されている。このように、改良工事による明確な遡上効果は確認できている。
 一方で、改良工事の様々な課題も、2012年度に科学委員会河川工作物アドバイザー会議委員によって実施された評価によって明らかになった。特に、以下の件をあげておきたい。

(1)ダム上流の処理
 非透過型治山ダムをスリット化する場合、ダム上流側では溜まった土砂とそこに生えた樹木をどう取り扱うかが重要である。場所により、社会的条件により違うが、溜まった土砂は、多くの場合、河床を構成する礫径ではなく、細粒土砂である場合が多い。こうした土砂を護岸等で固定して留めることは不可能であり、下流側に上手く供給することが必要であろう。災害が想定される場合には事前に取り除くということも当然あり得る。今回のスリット化の改良では上流側に直線的流路を掘削し、シュート状にしてしまった。その結果、改良によってサケ科魚類が遡上できるようにはなったが、改良区間は産卵に適した環境には到底なり得なかった。防災的にもダムポケットが空いた状態ではないので、洪水時にスリットダム特有の堰上げが起こらなくなってしまった。
 この点は重要であり、今後、治山ダムをスリット化する場合に、十分注意を要する点である。基本的には、上流側堆積土砂は洪水とともに流出することを前提とし、上流から供給される大径の砂礫に置き換わるまで待つことが肝要である。その過程で、土砂流出とともにスリット部に自然流路が形成され、勾配も元河床勾配に近づく。また、スリット部上流側にも空き空間が形成され、今後の土砂流出に対して、スリットダム上流堰上げによる土砂調節が可能になると考えられる。

(2)ダムスリット部ならびに下流の処理
 スリットそのものについては、スリット幅の問題があった。今回の場合、スリット幅そのものは、魚類の遡上に不都合が生じない程度にすべきで、それ以外には、狭すぎて土砂による河道閉塞を行こさない幅にする必要がある。今一度、治山としての考え方の整理と、技術基準の整備を期待したい。
 下流側についても落差を解消するために連結ブロックや流路規制を行ったが、土砂が動いて河道地形を形成する、と考えることが妥当であった。連結ブロックやワイヤーで固定することは、摩耗によってかえって不安定な状況を造り出しており、工事のあり方自体を再考すべきである。
護岸やコンクリートブロックでダム下流側を絞ったことにより、流速が速くなり、産卵床が上手くできなかったり、河床低下の原因となったりした。
 上流側同様、下流側での過剰な河道整形は、土砂が頻繁に流送されるような環境では、実質的に維持できない。税金の無駄遣い、と言われないためにも、元々あった河道地形を大事にし、スリットを入れた後も、ある程度自然に任せる対応が最も効果的である。

(3)魚道の構造
 魚道構造の問題として、堤体を超える部分での隔壁の課題があったが、今回の改良で採用された隔壁が台形型で側壁が傾斜面となる魚道は、流量変化への対応、土砂排出の機能、魚類の遡りやすい流況において、これまでの魚道構造よりもかなり上手く機能しており多くのメリットがあると認めることができる。
 また、スリットではなく、水通し天端の上流側から下流側に向かって斜めに切る改良工事も、剥離した流れを制御でき、安価で効果的な改良方法であることが明らかになった。(中村太士委員)