知床世界自然遺産地域の管理(マネジメント)の基盤としては、北半球における豊かな流氷南限域の海洋生態系の維持と持続的な漁業の両立を目的とした海域管理がまず挙げられてきた。次いで、海の栄養を自ら陸域に運ぶサケ科魚類の遡上・産卵のために、ダムなど河川工作物の改良を行うことが自然遺産登録時からの課題であった。陸域では、植生破壊をもたらしたシカ対策が急務であった。平成23年度の管理の実施目標は、上記3件の懸案事項について目標達成の目途をつけるところにあると言え、それが達成出来たと言えよう。それらの試行と得られつつある成果は、最先端の保全生物学的実践によるものであり、論文・報告書・専門書としても発表され、いくつもの表彰を受けるに至っている。
知床世界自然遺産地域科学委員会の海域ワーキンググループ(WG)では「多利用型統合的海域管理」の見直しを進め、理論的にも充実させて国際学会で発表され、英文の専門書としても出版された。こうして世界に広くアピールしたことは、ユネスコからの期待に応えて、世界の将来の海の保全にも貢献したと言える。河川WGで決定した5河川13基のダムの改良工事は、工事中のひとつを残して終了し、サケ科魚類の遡上数、産卵床の数共に増大された。これらの工事や成果は、わが国における河川生態系復元の先進例として高く評価された。知床岬地区のシカの密度操作実験は成功し、採食圧の低減により植生回復が認められた。知床岬の生態系維持回復を目的として設置された仕切り柵により、シカ個体群の低密度への誘導が確実となった。その他にルサ―相泊地区、幌別―岩尾別地区についても捕獲が行われているが、岬地区と同様、わが国では最初の手法が試みられ、シカ個体数管理の手法の目途はつきつつある。知床で試みられたシャープシューティングなどの捕獲手法は、南アルプスなどにも導入され、知床におけるシカ管理はわが国のシカ・マネジメントの将来展望を示すものと言えよう。
次の課題であった自然環境の利用に関しては、適正利用・エコツーリズム検討会議によって地域との連携による管理が着実に前進しつつある。また、緊急課題であったが管理方針のなかったヒグマ対策は、遺産地域外である標津町も対象地域に含めた保護管理方針が策定された。
そのほか高山植物、稀少猛禽類、海棲哺乳類等についてもモニタリングと対策の立案・実施が効果的に進められているところである。
以上より、遺産地域の管理の目的と基本方針に添って、地域社会との連携・協働のもとに、知床の価値を自然度の高い状態で次世代以降に引き継ぐ方向で歩を進めていると評価できる。
(大泰司委員長)