ホーム > 知床白書 > 知床世界自然遺産地域年次報告書(平成23年度)

 知床白書    Shiretoko White Paper

III 知床世界自然遺産地域の生態系と生物多様性の現況と評価

1. 陸上生態系

2. 河川生態系

(4)エゾシカ

自然植生
知床半島の植生は高密度で生息するエゾシカの採食によって大きな影響を被っている。平成23年度に実施された広域採食圧調査によると、低標高域では依然として採食圧が強く、その傾向は半島基部から先端部に行くにつれて大きくなっているものの、近年、越冬地としてシカが集中する斜里側の知床五湖から幌別台地にかけての地区で影響が著しい。 一方、より高標高域では、調査が実施された遠音別岳地区において亜高山域での新たな採食が確認されたことに加え、同地区の高山域であるスミレ平への侵出も確認されたものの、シレトコスミレに対する採食はごくわずかであった。

半島各地区で実施されているエゾシカの排除、ならびに捕獲事業による植生の回復状況に関しては、小規模防鹿柵でシカを排除した知床岬の海岸草原群落において在来種が回復している。またここでは、捕獲事業によってシカ密度が低下している柵外においても、イネ科や一部の在来種の被度、植物高などに回復傾向が見られている。 その一方で知床岬(針過混交林)と幌別(広過混交林)に設定されている大規模防鹿柵内においては、新たな稚樹の回復が確認されはじめた段階にある。

以上より、知床世界自然遺産地域においては依然としてエゾシカの採食による影響は大きく、高標高域への侵出も確認されていることから、今後とも注意深くモニタリングを継続する必要がある。植生の回復を目指して防鹿柵を設けたり捕獲した場合、低標高域の草本植生は比較的速やかに反応して回復傾向が確認できるものの、森林植生の回復は遅い傾向がある。(石川委員)

密度操作実験によるシカの現況と展望
知床半島には、知床岬、幌別・岩尾別地区、真鯉、ルサ・相泊の4箇所に生息数の多い越冬地が非連続的に存在する。2003年と2011年の冬季に知床半島全域を対象としたヘリコプターセンサス結果を比較すると、密度操作を実施した知床岬では個体数が著しく減少、幌別・岩尾別地区では増加傾向となり、特に知床五湖付近で著しく増加している。 知床岬では密度操作実験後は、事業として捕獲を継続することにより、イネ科草本などの回復が認められ、採食圧の低減が確認された。知床岬には生態系維持回復事業の一環として昨年度に設置された仕切り柵により、効率的な捕獲が可能となったために、低密度への誘導が確実となった。ルサ・相泊および幌別・岩尾別地区において複数の捕獲手法を用いて密度操作実験を実施し、効率的な捕獲に向けての課題の抽出を行っているところである。(梶委員)