知床国立公園のイワウベツ川では、カラフトマスの遡上が活発になる8月後半から、特定の3個体の若いヒグマの目撃が急増した。特に9月〜11月の岩尾別地区の目撃件数は254件で、川沿いでの目撃が集中して多かった。
頻繁に川沿いに現れるヒグマを撮影するため多くのカメラマンが集まり、ヒグマを取り囲むように撮影する場面もあった。中には、ヒグマまで数メートルという近距離まで接近して撮影を行う人もいたため、ヒグマによる人身事故の危険性が増大した。
また、カメラマンにつられて、観光客もヒグマを見るために路肩に車を停車したため、羅臼岳岩尾別登山口に行くまでの道路で渋滞が起こり、交通に支障が出た。
このような状況を危惧した知床世界自然遺産地域科学委員会が10月に緊急声明を発表したことから、マスコミにも取り上げられた。
(参考)知床世界自然遺産地域科学委員会から出された緊急声明
知床世界自然遺産は世界有数のヒグマの高密度生息地です。そのため知床では、生態調査などヒグマ自体を科学的に知る・理解する努力を続ける一方で、その成果を活かしながら、公園利用者や地域住民との軋轢を回避し、野生動物であるヒグマと人が適切に距離を保てるようにさまざまな取組を行っています。
サケマスが遡上するこの時期、遺産地域を流れる岩尾別川では、捕食のためしばしばヒグマが出没します。特に今年は8月下旬以降、亜成獣のヒグマ2頭が昼夜を問わず出没しますが、このヒグマを撮影するために多くの観光客やカメラマンの集まる状況が続いています。特に撮影に熱中するあまり、ヒグマに至近距離まで接近したり、結果的にヒグマを取り囲んでしまうなど危険な状況が日常的に発生しています。
至近距離での接近や取り囲みはヒグマを興奮させ人身事故につながる大変危険な行為です。また入れ代わりで多くのカメラマンが訪れること、一部のカメラマンが至近距離まで接近することは、不必要にヒグマを人に慣れさせることにつながります。また、撮影のため誘引用の餌を置くような行為は、人は餌を持っていると学習させてしまい、人慣れを更に助長することから、厳に慎まなくてはなりません。そして、このような状況を放置すれば、人に慣れたヒグマがカメラマンを攻撃したり、市街地に出没して人身事故を引き起こしたりする可能性があり、結果としてヒグマを捕殺せざるをない場合も生じます。
北米のイエローストーン国立公園では、かつてクマに餌付けをして見せものにしていた 時代がありました。しかし、1967年にグレーシャー国立公園でキャンプ をしていた19歳の2人の若い女性がクマに殺される事件があってから、「定期的に餌を与えられ、人慣れしたクマが、ゴミ捨て場で人(廃棄物処理作業員や研究者)に近づくことは、火薬樽の上に座っているような危険な状態だと、イエローストーンの生物学者たちは気づいた」ため、議論の後に餌付けの中止やごみ処理場の閉鎖、人慣れしたクマの「安楽死」等を行いました。そして、イエローストーンがクマの生息域であるとの視点から、クマと一定の距離をとることや、クマを刺激する行動を取らせないこと等、人の行動を規制するようになりました。
撮影するカメラマンが今よりクマから離れて撮影すれば危険を減らすことができます。この危険な状況をご理解いただき、北米のように人身事故が起きる前に、関係者が協力して対策を進めることを求めます。
平成25年10月18日
知床世界自然遺産地域科学委員会