ケイマフリの取り組みに関して 総評
北海道大学名誉教授 
山科鳥類研究所 特任研究員 
適正利用・エコツーリズムWG ウトロ海域部会 委員 

小城 春雄 
 
 私がまだ北大水産学部に奉職していた頃、何とかケイマフリの繁殖生態を解明しようとして学生や大学院生に研究課題として与える機会を狙っていた。当時誰もケイマフリの繁殖生態など研究するノウハウがわからなかった。3人の大学院生がケイマフリについてまとめた。幸い天売島の寺沢氏のご好意により常時観察できる巣穴を確保することができ論文としてまとめることができたのと、筋肉や骨格の特性も論文としてまとめることができた。その後、青森県の尻屋崎の繁殖地で、産卵時から巣立ち期までの2羽の雛の成長を追跡でき修士論文にまとめた。現在での日本におけるケイマフリに関しての詳細な研究成果はこれら3例だけであろう。ケイマフリは沿岸性ではあるが、かなり神経質な性質があり、岩石海岸で釣り人や海岸でキャンプしたり泳いだりする人が増加すると、簡単にその場所での繁殖を放棄してしまう。意外と調査しにくい海鳥種である。
 ウミバト属については北大西洋の極地域でウミガラス類の祖先系から分岐して進化したものであろう。その後の間、氷期にベーリング海峡を通過して、北太平洋域とその付属海に分布を広げウミバトやケイマフリへとさらに進化したと考えられる。現在の北大西洋でのハジロウミバトは7亜種が報告され、さらに多くの地方型があるなど議論されている。しかし太平洋域では進化系統分類等に関しての詳細な研究はなく空白状態である。その中でもケイマフリはオホーツク海と隣接する周辺海域だけで繁殖するという極東海域だけに分布が限定されている希少種といってよい。
 日本におけるケイマフリの繁殖地は東北地方の太平洋岸以北、北海道の離島、そして北海道本土では知床半島や道南の恵山岬周辺と限定されている。興味ある分布としては択捉島の南岸域では、ケイマフリとウミバトが同所的に繁殖している。本州及び北海道の繁殖地では、近年繁殖数の減少が多くの研究者により報告され今後何らかの対策が必要であると警告されている。
 ケイマフリの営巣場所は断崖斜面の岩の割れ目や隙間、断崖下部の崩落した土砂や岩石でできた崖錘斜面であり、人間が簡単にアクセスできる場所はほとんどない。知床半島のケイマフリの営巣場所で人が安全にいつでもアクセスできる所は全くない。
 ケイマフリの繁殖生態を調査した過程で、数日間隔で体重やら外部形態を計測するために雛をいじりまわしたが、数日経つと雛は抱き慣れてきてあまり抵抗しなくなった。このことは野生個体を人工飼育した場合結構人に慣れる可能性のあることが解った。ウミガラス、ハシブトウミガラス、エトピリカ、ツノメドリ、ニシツノメドリ等は人工飼育下では人に慣れる。しかし、ウトウだけは親鳥も雛も人間には決して慣れない。面白いことに人になれた上記の海鳥も野生に戻すとその瞬間から、人間との生活から独立してしまう。丁度、鷹匠の飼育訓練した鷲鷹類を放鳥した場合と同じである。
 ケイマフリは絶滅危機状態になる前の現時点において、人工飼育下で繁殖生態を完全
に把握すべきである。現在の日本では野生生物に関しての保全(Conservation)と保存(Preservation)に関しての国民や行政の理解が実際の社会でソフトウエアとして機能していない。特に海鳥類については動物園や水族館との提携がうまく機能できていない。さらには野生動物保護法などという法制度があるものの、実際水族館で飼育されているのはアイスランド産のニシツノメドリであったり、ロシアやアメリカ産のエトピリカだったり妙である。佐渡のトキのように危機的な状態が長く続き、皆が保護の必要性を感じていた。やっと政府の保護が行われ始めたときは、時すでに遅く絶滅し、その補充は中国産だったりした。これではまるでストーカー殺人事件の構図と同じである。近年翻訳出版されたフランク・B・ギルの鳥類学をみると、ある鳥種の保護対策はまだ資源に十分な余裕のあるときから始めなければならないと記されている。日本の海鳥類保護のためにさまざまな法律が作られているものの、その施策が柔軟性を持って適用できないのは悲しいことである。
 知床半島のような人間がアクセスできない場所で繁殖しているケイマフリのような場合には、まず人工的に繁殖させて、その問題点を炙り出す必要があるのではないだろうか。
これまでのウトロでのケイマフリに関しての会議では、従来海鳥保護とは無縁とも考えられてきた漁業者や観光業者の方々の、思いもかけぬ協力と理解が得られた。これは素晴らしいことであった。誰でもわが国のケイマフリの減少傾向を他人事のように感じてばかりいるわけではないことが解った。ただ惜しむらくは、ウトロを中心とした住民の方々からの発信の無さであった。観光地に人が多く集まっても、その観光地の観光業務や施設が外部資本に支配されれば地元での資本蓄積や知識の蓄積は期待できない。さらには次世代を見越した人間活動の胎動は期待できない。さらには知床半島の北部沿岸域はオホーツク海の一部である。言うなればオホーツク海の生態系の一部である。このような海からの視点がないと、ケイマフリの保護対策の将来像は描けないと思う。
(平成25年3月 委員・小城 春雄)