ウトロ海域部会3年間の取り組み 総評 |
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斜里町立知床博物館 元館長
知床世界自然遺産地域科学委員会 委員
適正利用・エコツーリズムWG 委員
同ウトロ海域部会 委員
中川 元 |
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ウトロ海域部会の3年間の取り組みによって、減少傾向が続いていた希少種ケイマフリの個体数が回復傾向に転じ、かつ観光船による海域利用の質的向上が図られたことは大きな成果である。成果が上がった理由の第一は、専門家や事業者、行政など関係者が一つのテーブルに着き、情報と目標を共有し、議論がなされたことである。保全策が求められる希少種の現状に関して、調査資料をもとに部会の構成員が共通認識に立って有効な保護対策を検討できた。また、観光船事業者もケイマフリを観察対象(観光客に提供する知床ならではの体験)として、観光資源の一つとして守り、PR活動による普及と価値の向上に取り組むことができた。これはエコツーリズムの理念に基づいた検討の場(共通のプラットフォーム)を作ることができたことが大きい。
今後については、この関係者共通のプラットフォームを地域に根付かせることが重要であり、モニタリング調査の継続によるケイマフリなど海鳥の生息状況把握と保全・利用対策への反映が不可欠である。この3年間の取り組みと成果は、いうまでもなく国(環境省)の事業として行われたものであり、一定の成果が上がったと判断された後は自治体やコミュニティーが中心になって継続すべきという考えもあるかもしれない。しかし地域の現状は依然として人口減少と経済衰退の中にあり、自治体や地域コミュニティーには新たな事業を担う余力があるようには見えない。エコツーリズムが生み出す地域経済への波及効果もまだ限定的であり、中央から地域へ権限と財源を委譲する国の政策も頓挫したままである。このような中で国が資金や人材を引き上げることになると、せっかく築きあげたプラットフォームや共通の目標を持って取り組む体制が崩壊しかねず、成果を上げつつある保全と利用の両立も維持が難しいと考えられる。当面は国の関わりを継続してゆく中で、地域ができる部分やその方策を模索し、段階的に地域が担える体制を作ってゆくことが必要であろう。加えて、この成功例が知床や他地域における保全と利用の両立のモデルとして活用されることが望まれ、そのためにも現在の取り組みがレベルを下げることなく継続できる体制が重要になろう。
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(平成25年3月 委員・中川 元)
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