ウトロ海域部会(ケイマフリの取り組み)事業へのコメント |
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日本生態学会 会長
横浜国立大学大学院環境情報研究院 教授
知床世界自然遺産地域科学委員会 委員
松田 裕之
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ウトロ海域部会のケイマフリの取り組みは、当所は観光資源とみなされていなかった海鳥の保護を図る上で、保護を訴える研究者と観光業者の間の初期の対立を越え、両者が相互理解を経て共存を図ることができたという点で、他地域のモデルになりえる成功事例である。しかし、2009年度の会合、2010-2012年度の海鳥調査、ウトロ部会会合、デコイや動画作成など、さまざまな予算措置が一段落したところで、特別な予算措置を伴わない息の長い取り組みに移行できるかが問われている。
動画(http://www.youtube.com/user/ROUTORO)をみると、当所は一方的に観光漁船が原因と決め付けたなどの角逐が見られたが、海鳥も観光資源として活用できるという認識を持つに至り、大きな転換が図られたようである。この動画からは、世界遺産の自然の価値を持続可能に利用しようという観光業者の自然に対する真摯な姿勢と強い責任感が感じられる。また、2002年ころから研究者がケイマフリの個体数を自主的に調べていたからこそ、その減少に気づき、科学委員会の注目を集め、その回復を社会にアピールすることができた。
法規制や行政措置ではなく、関係者の自主的な取り組みによって保全と利用の調和を図るという取り組みは、知床遺産の海域管理計画に通じるものであり、国際コモンズ学会が「世界のインパクトストーリー」の一つに選んだ成功事例の教訓が、観光業者との間にも生かされていることがうかがわれる。
また、このような自主的な取り組みを育てることにも予算措置をとった行政の英断も高く評価される。国の上意下達でなく、当事者の取り組みを支えるために予算を投入することは、なかなかできることではない。
ここまでの記述に足りないものの一つは、環境教育である。海鳥だけでなく、それを調査する研究者も知床世界遺産の一部である。自然の恵みと人の営みそのものが観光資源であり、観光業者と観光客も、その自然に親しむだけでなく、その調査の一翼を担いうる。専門家の視線だけでなく、知床の自然を守りたいと願う人の自主的な取り組みは、それ自体が貴重である。
研究者が満足するような精密で客観的なデータは取れないかもしれないが、市民の手作りの維持活動も重要である。自然とそれを守ろうとする人の両方の価値を大切にし、育てることが大切である。多少精度の悪い観測でも、それが善意に基づいている限り、多くの場合、手遅れになる前に異変に気づくことができるだろう。よく言われることだが、多くの人に手厚く見守られている自然は恵まれているともいえる。
予算がつくことによって、その分自由を失う場合が多々ある。今回、特に利用規制などなく予算措置ができたことは行政の英断である。国に守ってもらうというだけでなく、自らの取り組みで自然を守るのが本来の姿である。その取り組み自体も観光客にとって魅力になるだろう。その仕組みをぜひ考えていただきたい。
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(平成25年3月 松田 裕之)
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